大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和30年(行)49号 判決

原告 成田まち子こと成町子

被告 東京入国管理事務所長

訴訟代理人 星智孝 外五名

主文

被告が原告に対し昭和三十年三月十五日付でなした退去強制令書発付処分は、これを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は朝鮮人父成永謨母金孟児の長女として昭和二十六年十月二十八日京都市内において出生したものである。

二、原告の母金孟児は昭和三十年一月中東京入国管理事務所において不法入国の疑につき調査を受けた上、収容令書によつて収容され、その数日後原告も収容されたが、同年二月四日右両名とも仮放免により釈放された。ところが被告は同年三月十五日附で金孟児に対し、随伴者として原告の氏名、生年月日及び年令をも記載した退去強制令書を発付し、右一通の令書により金孟児を同年四月二十日、原告を同月二十五日、それぞれ収容し、同年五月二日両名を大村入国収容所に送つたが、原告は同年六月十五日長崎地方裁判所昭和三十年(人)第一号人身保護請求事件の判決言渡により釈放された。

三、原告に対する右退去強制令書の発付は、次の理由によつて違法である。

(一)  原告に対する右令書発付については、その前提たるべき出入国管理令所定の一連の手続が行われていないから、右令書の発付は違法である。即ち、順序を追つてこれをみるならば、

(イ) 収容令書は金孟児に対するものに原告の氏名・続柄及び生年月日が附記されているのみであつて、出入国管理令第四〇条、同令施行規則第二九条の規定に違反して原告の居住地及び国籍、容疑事実の要旨、収容すべき場所等についての記載がない。従つて、同令第四二条第一項による収容令書呈示の手続が仮に原告の母に対して行われたとしても、原告に対する収容の理由は全く示されなかつたのである。

(ロ) 原告に対する収容手続書は全く存在せず、又金孟児に対する収容手続書にも原告に関する記載は全く存しない。

(ハ) 違反調査書は、金孟児に対するものに「長女成田まち子昭和二六年一〇月二八日生は令二四-七に該当するもので同一事犯としての処理方希望せるものである」との記載があるが、原告の国籍、出生地、住所及び違反事実等の記載がない。

(ニ) 審査調書には金孟児に対するものに原告に関する記載があるが、それは審査官が金孟児に対しか家族関係を尋ねた際に金孟児が答えたものとして、謂わば談たまたま原告のことに及んだという範囲を出ないのであつて、原告に対する審査の意思をもつて右の問答がなされたとは認められない。

(ホ) 認定書は、金孟児に対するものにも原告についての出入国管理令第四七条第二項、同令施行規則第三一条所定の認定理由の記載は、なんらなされていない。

(ヘ) 同令第四七条第二項、同規則第三一条の規定する認定通知書についても、前記認定書と全く同様である。従つて、原告に対しては、なんらの認定もなされなかつたというべきである。

(ト) 口頭審理調書も、金児孟に対するものには原告につき規則第三三条所定の手続の行われた形跡がない。

(チ) その結果作成される判定書についても、規則第三四条に違反して原告に対する判定要旨、事実の認定、証拠及び適用法条の記載がない。

(リ) 出入国管理令第四七条第七項によつてなすべき右の判定の告知についても、これが原告に対してなされた形跡がない。

(ヌ) 裁決書には「随伴者成田まち子は出入国管理令第二四条七号該当」との記載があるのみで、規則第三六条の要求する裁決主文、事実の認定及び証拠については、原告に関するなんらの記載もない。

(ル) 裁決通知請書にも、同様に、原告に関する管理令第四九条第五項所定の裁決の通知が行われた記載がない。

(二)  仮に前記各手続が存在したとしても、前記の諸事由は令書発付の前提手続たる認定、判定、裁決等の一連の手続についての明白かつ重大なかしとなるものであるから、これらの手続はいずれも無効なものというべきである。仮に無効でないとしても、それが違法であることは疑う余地がない。従つて、かかる違法な手続を前提としてなされた本件令書発付処分もまた、少くとも取り消し得べき違法な処分というべきである。

(三)  本件退去強制令書は原告の国籍及び退去強制の理由の記載がなく、管理令第五一条所定の要件を欠いているから、少くとも取り消すべき違法なものである。即ち、国籍については、原告の母金孟児についてはその記載があるが、母親の国籍が直ちに子の国籍であるとは限らないのであるから、管理令第五一条の規定に違反して国籍を記載しない退去強制令書の発付は違法である。また退去強制令書に理由の記載のないことは、次の理由によつて退去強制令書の発付処分の取消原因となるものである。

(イ) 法規が行政行為に理由を附することを命じている場合、その目的は行政権の濫用を防ぎ、その正当な理由に基いたことを明らかならしめ、併せてこれに不服のある者に出訴の機会を与えようとすることにある。従つて、法の規定に反して全く理由を附しないときは、当該行政行為の無効を来すものと解すべきである。

(ロ) 退去強制処分は、即時強制の効果を伴ういわゆる命令的行為であり、終局的に令書の発行によつて行われるが、その実体的法律関係の存否は十分に慎重に判断される必要があるから、令書発付の不可欠の前提として退去強制の理由の存否を行政的に確定させるために、管理令は判定、認定裁決の三段階の審査手続を定めているのである。そして、その手続の最終段階において適法な令書発付という手続を経て、始めて即時強制ができるものとなし、その令書に従前の実体的審理の結果を必ず正確に反映せしめ、即時強制の処分が誤りなく行われることを保障しているのである。従つて、かかる重大な意義を有する理由の記載を欠いた退去強制令書の発付処分は取り消されるべきである。

(ハ) 被告は、退去強制手続中、基本的な行政処分は認定、判定、裁決にあり、令書はその事後手続として主任審査官から入国警備官に対し発付されるものであると主張するが、これは誤りである。即ち、管理令第五二条は「退去強制令書は入国警備官が執行するものとする」と定めているが、これは、令書が被強制者に対する行政命令であることを前提として、その命令を執行する権限を入国警備官に与えた規定なのである。令書の文言が「上記の者に対し……の規定に基き下記により本邦外に退去を強制する」(施行規則第三八条)とあるのも、令書が被強制者に対する命令であることを示して余りがある。更に管理令第五章は「退去強制の手続」と題し、第三節は「審査、口頭審理及び異議の申立」となつており、第四節は「退去強制令書の執行」となつていて、決して「認定、判定、裁決の執行」とは言つていないのも、第三節は実体的審理の手続が進行して最後に結実されることを規定し、第四節はこれを承けて、令書の執行を規定しているからである。また、向令第五二条第四項は「退去強制令書の発付を受けた者が……」という規定のしかたをしているのも、令書が被強制者に対する命令であることを示している。更にまた、令書の発付が事後手続にすぎないものであるならば、管理令第五二条第二項が、令書を被強制者に示すという、最も確実ていねいな告知方法を規定するいわれはないであろう。しかも、退去強制の手続中、このような告知方法を規定しているのは、令書発付についてのみであることも、注意すべきことである。

四、被告主張事実中、原告の母金孟児が外国人登録令第一六条第一項第一号に違反し、被告主張の日時に本邦に入国した韓国人であること、及び原告が出生後六〇日を超えて本邦に在留したにもかかわらず、出生後三〇日以内に法務大臣に対し在留資格の取得を申請しなかつた事実は、いずれも認める。また、被告の主張するように、外国人退去強制手続において幼児をその親の随伴者として、親と併括審理をする手続自体が違法でないことは争わない。しかし本件においては、前記のように原告に対する併括手続が不存在もしくは無効であつて、原告については金孟児の随伴者としての適法な手続がなされていないのである。

第二、被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。

一、原告主張の請求原因一及び二、の事実は、すべて認める。

二、原告に対する本件退去強制令書発付処分は、次に述べるとおり適法に行われたものである。

(一)  原告の母金孟児は、昭和二十二年勅令第二〇七号外国人登録令第一六条第一項第一号の規定に違反し、昭和二十五年五月四日、連合国最高司令官の承認を受けずに本邦に入国した韓国人であり、原告は右金孟児の不法入国後、昭和二十六年十月二十八日本邦において出生したが、出入国管理令第二二条の二、第二四条第七号の規定に違反し、出生後六〇日を超えて本邦に在留しながら、出生後三〇日以内に法務大臣に対し在留資格の取得の申請をなさなかつたものである。

(二)  東京入国管理事務所においては、右の事実を探知したので、昭和三十年一月頃より、管理令の定めるところに従い、該違反事実の調査、審査、口頭審理の手続を順次行つた結果、金孟児は登録令第一六条第一項第一号に、原告は管理令第二四条第七号に、それぞれ該当するものと判定し、また、法務大臣は、昭和三十年三月三日右判定を不服とする右両名の異議申立につき理由がない旨の裁決をなし、これを被告に通知したので、被告はその旨を原告の母金孟児に告知するとともに、管理令第四九条第五項の規定により右両名に対する退去強制令書を発付したのである。

(三)  ところで、右両名に対する退去強制令書の発付に至るまでの諸手続における各書類は、すべて両名につき同一の書面により作成され、該各書類には原告を金孟児の随伴者と表示しているが、これは管理令がこれらの各書類を各人ごとに別個に作成することを要求していないため、次に述べる理由によつてかかる取扱をしたものであり、その手続は右両名に対し同時に行われてはいるが、それは一個の手続ではなく、金孟児に対する手続と原告に対する手続との二者が併存するのである。

即ち、本件の如く意思無能力者がその母親或いはその他の保護者と共に管理令に違反したような場合には、これを各別に取り扱うことが本人等の利益に反し、また送還を実施する当局にも事務処理上の不都合を来す虞があるため、両者を併括して審理することとなる(本件でも、本人等はこれを希望した)が、この場合は併括審理及び送還の手続に遺漏なきを期するため、同一の書面によつて各調書、認定書、判定書、裁決書を作成し、これらの書類に随伴者という表示を用いて右の関係を明らかにしているのであつて、随伴者という表現は、ひつきよう、右の関係を明示するための審査当局の慣用語にすぎない。

(四)  なお、原告は意思無能力者であるため、前記の各手続はその保護者である母親金孟児に対して行われたが、それは、私法上の一般原則における原告の法定代理人たる地位の母親に対してではなく、原告の事実上の保護者たる地位の母親に対してなされたものである。ただし、意思無能力者に対する手続を有効に行うためには、何らかの方法によつて意思の欠缺を補充する必要があるが、これを私法上の一般原則に従つて行うときは、その者が意思無能力者であるか否か、意思無能力者であればその意思の欠缺の補充を如何にして行うかは、その者の本国法によることとなり、その取扱は極めて複雑になつて、本国法の不明な場合や、法定代理人が本邦に居住しない場合には、その者に対する退去強制処分はなし得ないこととなる。管理令はこのような場合について特に明文を設けていないが、不法入国者を国外に退去させることは国として当然のことである反面、意思無能力者の意思の欠缺を補充してその者の権利を保護すべきことも当然であるから、右の二つの要求を合理的に満足させるためには、意思無能力者に対する退去強制手続は、その者を事実上保護している者につき行うことが、一般的に最も適切妥当な措置であり、右の解釈が管理令の精神に合致するものと言わなければならない。そして本件についても、原告に対する手続はすべて原告の事実上の保護者たる金孟児に対してなされているから、本件退去強制の手続は適法である。

三、原告主張の違法原因(一)について。

原告に対する退去強制令書発付処分の前提としての各手続が履践されたことは、前記のとおりである。但し、原告に対する収容手続書が作成されなかつた事実は、これを認める。

四、原告主張の違法原因(二)について。

原告に対する本件退去強制令書発付処分の前提としての各手続過程において作成された前記各書類中、入国警備官の違反調査書と法務大臣の裁決書以外のものに退去強制の事由が明示されていないことは、原告の主張するとおりである。しかしながら

(一)  原告に対する入国審査官の認定書及通知書には、原告に対する退去強制理由の記載がないが、当該入国審査官に原告を引き渡した入国警備官の違反調査書にはこれが明記されており、また、該入国審査官は原告の違反事実についての審理を行つて、その旨を審査調書に記載し、更に、原告が退去強制処分を受けるのは右違反事実によるものであることを口頭で原告の母金孟児に伝えた。従つて右認定書及び通知書に原告に対する退去強制理由の記載が脱落していても、退去強制の理由はすでに明らかにされているから、右認定処分はかしのあるものではあるが、無効ではない。

(二)  退去強制処分は、入国審査官の審査における認定、特別審理官の口頭審理における判定、及び法務大臣の異議申立手続における裁決を経て、退去強制事由の存否を確定させ、その確定した法律関係を実現するために退去強制令書の発付処分が行われることになつている。従つて、前記入国審査官の認定処分に続いて行われた原告に対する口頭審理手続に違法があつたとしても、その後行われた法務大臣の裁決が適法に行われたならば、過去強制事由の存在が行政手続上確定し、退去強制令書を発付し得ることとなる。ところで原告に対する法務大臣の裁決書には退去強制の理由が明記され、その旨金孟児に告知されたのであるから、右の裁決により、その先行手続のかしはすべて治癒されたものと解すべきである。従つて、右の各手続を経てなされた本件退去強制令書の発付は、その前提手続において欠けるところのない有効なものというべきである。

五、原告主張の違法原因(三)について。

本件退去強制令書には原告に対する退去強制の理由及び原告の国籍について記載がない旨の原告主張事実は、これを認める。しかし、

(一)  国籍については、本件退去強制令書には金孟児の国籍の記載があり、原告は同人の随伴者として同一令書により取り扱われているのであるから、原告の国籍も自ら明らかでありその記載を欠いたからと言つて、令書の発付を違法ならしめるものではない。

(二)  また、退去強制理由の記載の脱落は管理令第五一条所定の要件を欠くものではあるが、令書の発付を違法ならしめるほど重要なかしではない。

(イ) 前記のように、管理令の定める退去強制の手続は、退去強制事由の存否を確定させる手続と、それによつて確定した法律関係の実現のための執行の手続とに分れ、退去強制令書の発付は後者に属するものである。そして容疑者が退去強制される法律的地位は、入国審査官の認定、特別審理間官の判定または法務大臣の裁決を経ることによつて確定的に発生し、令書の発付その他の爾後の手続は、単に右の確定した法律関係を実現するための執行手続にすぎない。従つて退去強制令書は主任審査官から入国警備官に対して発付されるものであつて、入国警備官に対して当該外国人を強制送還する権限と職責を付与するものであるのみならず、入国審査官の認定又は特別審理官の判定が確定した場合、或いは法務大臣に対する異議申立がなされたときはその裁決があつた場合には、主任審査官はこれに拘束され、必ずすみやかに退去強制令書を発付しなければならないよう、義務づけられている(管理令第四七条第四項、第四八条第八項、第四九条第五項)のであつて、その間に令書発付の適否又は時期等につき裁量をなす権限は全く認められていないのである。このような形式的事後手続にすぎない令書発付が主任審査官に専属する権限とされているのは、その執行の面との関係における事務処理上の都合から統一的に発付する必要があるため、そのように定められているにすぎない。

(ロ) 右のように令書の発付が事後手続にすぎないものである以上、認定、判定、裁決において退去強制理由が明らかにされていれば、退去強制令書における退去強製由の記載は、さほど重要性をもつものではなく、たといこれが脱落していても、そのことにより令書の発付が取消原因となる違法を帯びることとはならない。

(ハ) 右の解釈を裏付けるものとして、管理令は退去強制令書の執行前に予め令書の発付を容疑者に告知することを要求することなく、ただ、その執行に際して令書又はその写を容疑者に示すべきしとを規定している(同令第五二条第三項)に止まるものであるのに反し、入国審査官の認定、特別審理官の判定、法務大臣の裁決については、これらの手続において退去強制理由を容疑者に対し明らかにすることを要求している(同令第四七条第二項、第四八条第七項、第五〇条第三項、第五項)ことを挙げることができる

〈立証 省略〉

理由

原告が韓国人の父成永謨及び母金孟児の長女として昭和二十六年十月二十八日京都市内において出生し、引き続き本邦に在留したが、生後三〇日以内に法務大臣に対し在留資格の取得の申請をしなかつたものであること、原告の母金孟児は昭和二十五年五月四日連合国最高司令官の承認を受けずに本邦に入国したが、昭和三十年一月頃右事実につき東京入国管理事務所において調査を受けた上、収容令書によつて収容されたこと、原告もその頃収容されたが、同年二月四日右両名とも仮放免により釈放されたこと、被告は同年三月十五日付で金孟児に対し退去強制令書を発付したが、右令書には原告を随伴者として表示し、その氏名、生年月日及び年令が記載されていること、及び原告は同年四月二十五日右令書の執行として収容され、同年五月二日大村入国者収容所に送られたことは、いずれも当事者間に争いがない。そこで、原告に対する右退去強制処分の適否について判断する。

およそ独立国家がその主権に基き、不法に入国し又は不法に国内に滞留する外国人を国外に退去させ得ることは、論を俟たないところであろう。しかしながら、外国人と雖も国家の恣意によつてその自由を拘束し得るものでないことも亦、現代の法治国家においては当然なことである。わが国においても、新憲法はその前文第二段において「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と宣言し、昭和二十六年政令第三九号出入国管理令(昭和二十七年法律第一二六号により、同年四月二十八日以降法律としての効力を有する)も、その第一条に「この政令は、本邦に入国し、又は本邦から出国するすべての人の出入国の公正な管理について規定することを目的とする。」と規定している。そして、外国人を強制力により退去させ得る場合については、同令第二四条が限定的に列挙してこれ規定し、しかもその方法は同令第五章に規定する手続によるべきことを明らかにしている。即ち、同令所定の場合に、同令所定の手続によらなければ、外国人に対する退去強制をなし得ないことが保障されているのである。そこで、原告に対する退去強制の手続がいかに行われたかを検討することとする。

(一)  収容手続について。

出入国管理令(以下単に令と略称する)第三九条、第四〇条第四四条の規定によれば、入国警備官は、その請求によつて主任審査官の発付した収容令書により、容疑者を収容することができるが、右収用令書には容疑者の氏名、居住地・国籍・容疑事実の要旨、収容すべき場所その他の事項を記載すべく、又入国警備官が容疑者を収容したときは、その身体を拘束した時から四八時間以内に、当該容疑者を入国審査管に引き渡すべきこととされている。これを原告の場合についてみると、原告が昭和三十年一月頃か同年二月四日迄東京入国管理事務所に収容されたことは前記のとおりであるところ、成立に争いのない乙第一号証の一(収容令書発付申請書、乙号証は全部成立につき争いがないから、以下その旨の記載を省略する)の記載によれば、同号証は東京入国管理事務所入国警備官杉山勝義が被告に対し昭和三十年一月二十日付で容疑者金孟児に対する外国人登録令第一六条第一項第一号該当容疑事件につき収容令書の発付を申請したものであつて、その文面によれば、下記容疑者(金孟児のこと)に対する収容令書の発付を申請する、とあるが、原告に関しては、同号証の末尾の備考欄に「随伴者成田まち子(女)昭和二六・九・二二生」と記載があるのみであつて、その容疑事実等の記載もない事実を認めることができ、右の記載によつては、文理上原告については収容令書の発付は請求されていないと解すべきにもかかわらず、右請求に対し同日附で被告の発付した乙第一号証の二(収容令書)には、氏名欄に金孟児と随伴長女として原告の氏名が併記されており、明らかに右両名を対象として発付されている(但し、同号証には原告の国籍、居住地及び容疑事実の要旨について記載がない)のであつて、右収容令書中原告に関する部分は、請求がないにもかかわらず発付されたものと言わなければならない。そして、右の令書を原告に対して適法に執行したことについては何らの立証もなく、かえつて、原告についての収容手続書が作成されなかつたことが、当事者間に争いのない事実となつている。

(二)  違反調査手続について。

東京入国管理事務所入国警備官福留洋作成の乙第二号証(違反調査書)は、令第二九条の規定により作成された調書と認められるが、これは容疑者金孟児について作成されており、特に随伴者の氏名、続柄、性別及び生年月日を記入する欄が設けられていて、当該欄に原告に関する各該当事項の記載のほか、原告は令第二四条第七号に該当するもので、同一事犯としての処理方を希望するものである旨の記載がなされており、更に同号証の末尾には「成田まち子を随伴として処理して下さい。」との記載及び金孟児の署名指印がなされているが、国籍、出生地、住所、滞留地、違反事実等は、いずれも金孟児についての記載のみがなされている等、全体としてみれば同号証は明らかに金孟児を対象として調査の上作成された書面であると認められ、原告に関する右の記載は、原告が幼少である故、その身柄を母親である金孟児に随伴して取り扱うのが妥当であることを注意事項として記載したものと解するほかない。

原告が当時三歳の幼児にすぎないものであつても、いやしくも法律上独立の人格であり、かつ原告に対する容疑事実は金孟児に対するそれと異るものである以上、原告の身柄を金孟児に随伴させるか否かは別として、原告に対する強制処分の手続は金孟児とは別個独立に行うべきことは、敢て多言を要しないところである。被告は、一個の書面により金孟児と原告との両者に対する二個の手続が併括して行われたものである旨主張するが、その主張のとおりであるとすれば、乙第二号証の随伴者欄に金孟児に関する他の記載と同様の記載が全部なされるべきであつて、殊に、身柄を国外に退去させる手続の第一段階においてなすべき違反調査に際して、違反事実につき調査をした形跡がないということは、結局違反調査がなされなかつたとみるほかない。もつとも、同号証には原告が令第二四条第七号に該当する旨の記載のあることは、前記のとおりであるが、その具体的事実について記載がなく、又右の規定は、日本の国籍を離脱した者、又は出生その他の事由により令所定の上陸の手続を経ることなく本邦に在留することとなる外国人が、旅券に在留資格及び在留期間の記載を受けず、又は永住許可の証印を受けないで六〇日以上本邦に残留する者に対し、本邦からの退去を強制することができる旨を規定しているのであつて、原告が右のいずれの場合に該当する者であるかは、右同号証の記載によつては全く不明であるから、前記の記載をもつて原告の違反事実の記載とみることはできない。そして、同号証の他に原告に対する違反調査書が作成されたことについては立証がないから、結局原告に対する違反調査はなされなかつたものと認めざるを得ない。

(三)  審査手続について。

東京入国管理事務所入国審査官大友又三作成の乙第三号証(審査調書)は、令第四五条第二項の規定に基き作成されたものと認められるが、右調書は容疑者金孟児に対する外国人登録令第一六条第一項第一号該当容疑事件につき審査した旨の前文が記載され、原告は随伴者として表示されているが、原告に関する記載は金孟児に対する家族関係についての発問に対する答として記載されているにすぎない。従つて同号証によつては原告に対する審査が行われたものとは認め難く、他に原告に対する審査調書が作成されたことについては立証はない。証人大友又三は、原告に対する審査をも行つた旨証言するが、令第四五条第二項によれば、審査の結果必ず調書を作成すべきものとされているのであるから、右のように原告を容疑者とする調書の存在につき立証のない本件においては、右の証言は措信し得ない。

審査の結果なされるべき認定及び認定通知の手続についても、右と同様のことを言い得る。即ち、乙第四号証(認定書)の前文、認定要旨及び事実の認定として各記載されている事項は、すべて金孟児のみに関するものである。証人大友又三は、原告に対する認定をも行つた旨証言するが、右の証言は、他に原告に対する認定書が作成されたことにつき立証のない本件においては、措信し得ない。又令第四七条第二項の規定により作成されたと認められる乙第五号証(認定通知書)は、容疑者として金孟児の氏名のみが記載され、又認定要旨として同人に対するもののみが記載されているのであつて、証人大友又三は同号証を金孟児に読み聞かせて原告に対する認定通知を行つた旨証言するが右のような書面による通知は原告に対する認定の通知とならないこと、もちろんである。

従つて、原告に対しては令第四五条による審査及び令第四七条による認定は、全くなされなかつたと認めざるを得ない。

(四)  口頭審理手続及び法務大臣に対する異議申立の手続について。

令第四八条第一項の規定によれば、認定の通知を受けた容疑者は、認定に異議があるときは、口頭をもつて特別審理官に対して口頭審理の請求をすることができるものとされている。そして被告は、原告から口頭審理の請求がなされたので、特別審理官が口頭審理を行い、その結果判定処分をなした旨主張するが、前項に認定したとおり原告に対する入国審査官の認定はなされていないとみるべきであるから、仮に原告が認定を受けたとして口頭審理の請求をしたとしても、特別審理官は不適法な請求としてこれを却下すべきである。ところで乙第六号証(口頭審理調書)の前文には、金孟児に対する外国人登録令第一六条第一項第一号該当容疑事件についての審査の認定に対し、口頭審理の請求があつたので、右容疑者に対して口頭審理を行つた旨の記載があり、乙第七号証(判定書)にも事実の認定として入国審査官の認定書記載事実を引用し、適用法条として外国人登録令第一六条第一項第一号のみを挙げているので、結局原告からの口頭審理の請求はなされなかつたのであり、従つてまた原告に対する口頭審理の手続もなされなかつたものと認めるべきである。

法務大臣に対する異議申立の手続についても、同様のことが言える。法務大臣に対する異議申立は、特別審理官の判定に不服のある者がなすものであり、法務大臣はこれに対し判定の適否を裁決するものであるところ、被告は、原告に対し法務大臣の裁決がなされ、しかも右裁決には理由の記載がある旨主張するのであるが、仮にかかる裁決がなされたとしても、前記認定のとおり原告に対しては認定も判定もなされていないのであるから、このような裁決は効力を生じないものと言うべきである。のみならず、乙第九号証(裁決書)には、申立人氏名として金孟児の氏名を表示し、その右脇に随伴者として原告の通称が記載されているが、裁決主文には「本名に対する外国人登録令第一六条第一項第一号容疑事件を審議の結果特別審理官の判定を相当と認める従つて本名の異議申立は理由がないものである」とあつて、原告についての裁判の結果は記載がなく、事実の認定としても金孟児の不法入国事実と認められるもののみが記載されており、僅かに適用法条として外国人登録令第一六条第一項第一号を掲げた、括弧内に「随伴者成田まち子は出入国管理令第二四条第七号該当」と記載されているのみであつて、主文に掲記されない事項について裁決があつたとみることはできないのみならず、右の括弧内の記載のみでは理由の記載があるものとは認められないことは、乙第二号証中の同様の記載につき既に判断したとおりである。更にまた、成立に争いのない乙第十号証(趙相喜以下十五件の裁決結果に関する件と題する裁決結果通知書)、第十一号証(電話記録書)の各記載に証人笹平武保の証言を綜合すると、法務省入国管理局長が被告に対し法務大臣の裁決の結果を通知した昭和三十年三月十日付書面(乙第十号証)には、金孟児に対する裁決の結果のみが記載されており、原告に関する記載は存しなかつたが、同年三月十五日に至り、入国管理局係官から東京入国管理事務所係官に宛てて、右通知書中理由がないと認められた者の項に原告の氏名、性別及び年令を追加する旨の電話連絡があり、東京入国管理事務所係官は右電話連絡に基き、同日右書面中金孟児の氏名の記載の下段に「成田まち子(女三)」と記入した事情を認め得るのであつて、右の事実によつても、前記裁決の当時まで原告に対する一連の手続は何らなされていなかつたことを窺い知ることができる。

従つて、原告に対する裁決も亦なされていないものと言うほかない。

以上に認定したとおり、原告は、被告がなんぴとの請求にも基かず又なんら理由を示すことなく発付した収容令書により東京入国管理事務所に収容されたが、その後違反調査も認定もなされず、従つてまた当然判定も裁決もなされなかつたものである。ところで被告が退去強制令書を発付し得る場合は認定、判定又は裁決が確定したときに限られることは、令第四七条第四項、第四八条第八項及び第四九条第五項が明定するところであるから、被告の本件退去強制令書発付処分は、法令の規定に基かずになされた違法なものであり、右の違法は明白かつ重大なものと言うべきである。従つて、原告に対する本件退去強制令書の発付処分は少くとも取り消されるべきものであることが明らかである。

更にまた、乙第十三号証(外国人退去強制令書)の記載自体についてみても、同号証には金孟児及びその随伴者である原告に対し外国人登録令第一六条の規定に基き同条第一項第一号該当の理由により、韓国に向け強制送還の方法によつて本邦外に退去を強制する旨の記載がなされているが、原告については右条項該当事由の存しなことは弁論の全趣旨に照し当事者間に争いのない事実であり、原告について存在しない事由を原告に対する退去強制の理由として記載した本件退去強制令書の発付処分は、取り消されるべき違法なものと言わなければならない。

従つて、右いずれの理由によつても被告の原告に対する本件外国人退去強制令書発付処分は取り消されるべきである(ちなみに、本件退去強制手続において原告が一個の人格を有するものとして認められていないことは、原告が前記乙第十三号証によつて昭和三十年四月二十五日再び収容されたものであるにもかかわらず、同号証の執行経過記入欄には金孟児に対する執行の経過のみ記入され、原告に対する執行については何らの記入もない事実によつても、窺い知ることができる)から、原告の本訴請求は、当事者双方の爾余の主張についての判断をまつ俟つまでもなく、理由のあることが明らかである。よつてこれを認容し、訴訟費用は民事訴訟法第八九条により敗訴当事者である被告に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 大和勇美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例